2013年8月8日木曜日

ソバの花


深大寺は蕎麦を食べさせる名所となっている、ソバが採れるところは地味が痩せ火山灰地のようなところでたいていは寒冷地。しかし武蔵野台地で地味が痩せているとは聞いていないが何時ごろからかは知らないが蕎麦が名物、或いは水田が出来ないから主食はムギかソバだったのか風土記でも調べれば分かるのだろうが。
その蕎麦を食べて来たが量が少なくて高い、立ち食いソバでももう少し量があるだろうと思われる、端境期だからソバの香りなんかは当然期待出来ない。
その原料のソバが写真のごとく植物園の畑にわずかだが植えられ早いものは結実し黒い粒が見えていた。北海道で聞いたところではソバは麦などの収量が少なく冬を越せないと分かってから焼畑に種を蒔いたそうだ。この粒を収穫し乾燥させて脱穀し挽いてソバガキを食べたらうまいだろう。


秋立てど気配微塵ぞアイス売り    枯沼


5 件のコメント:

三四郎 さんのコメント...

蕎麦畑…一面の白、絶好の広角の被写体やなぁ…。今年は無理か…、でも。

あべちゃん さんのコメント...

先日、蕎麦屋「まつや」の親父が自分の店のそばを食べながら、「こんなそばの匂いもしない物を出して、--」と文句言いながら食べてるので、「ニュージランド、オーストラリアで蕎麦を栽培、日本に持ってきてる人がいるらしいから仕入れたら如何ですか?」と、云ったら「うちでそんな珍奇な物出せるかよ!」なら、黙って食べてりゃいいのに――でした。

征郎 さんのコメント...

以前、3人で行った短いそばを出す店も、閉めてしまいました。まともなそばだけでは、なかなかやっていけないのでしょう。

ISI さんのコメント...

昔、亡くなった親父が言うには、白樺の木と蕎麦の花は、寒冷な痩地のシンボルだと。北海道だけでなく、東北各県、福井、四国や京都あたりなどでも、蕎麦は山間冷涼な地で栽培されるようです。
かく言う父は、いろいろ家庭の事情があって幼少期は四国で過ごしました。ありゃ貧乏人の主食で、子供の頃までに一生分食わされたと言って嫌っていました。とくに蕎麦掻きは、しゃれた形に作って上等の出し汁で食すのは都会の人士。米も取れない田舎では、蕎麦切りにする時間もあればこそ、蕎麦粉を熱湯でかき回し、適当に生醤油をかけてイヤイヤ食べさせられたそうな。
中学生にして北海道ラーメンよりも蕎麦の美味さに気づいた僕は、そうは言っても蕎麦は美味いよなあと、心中独りごちたのでした。

さんのコメント...

三四郎 様

 滋賀でも寒冷地にはあるのでは、最近は救荒作物ではなく換金作物ですから早く蒔いて刈 り取るかも。

あべちゃん

 僕が山形にいたころ山形で消費される蕎麦、この原料の半分はケニア産、山形県産は15%くらいだと記憶してます。。

征郎 様

 世はラーメンですからね、ソバの持つ穀物の美味さが奇異な料理が流行る時代には受けない。欧州、中国、インドにしろ自分の食べ物を毎日先祖から食べ続けていますね,ああいう事がないと廃れるのでしょうね。

ISI 様

 僕も蕎麦がきを食事に母親がお椀に湯を入れかいてアミノ酸醤油の生醤油で食べさせられた時は泣きでした、長じて蕎麦がきが形を整えられて出てきたのには驚きでした。
ラーメンよりソバがおいしいと感じる舌で全国の飲み屋、料亭を食べつくされたのでしょう。