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フキはそこいらに生えていた、しかし食糧不足の時には無料の野菜として採取されていた。家の裏側にもフキが生えていて母の恰好の野菜となった。しかしアクが強くて子供のおかずにはならなかった。今思い出すとほろ苦くて旨いのではと思うが当時はどのような料理で味付けは?醤油、砂糖なんかまったくと言って皆無だったから母は苦労しただろう。フキの葉を乾燥させてか、そのままだったのか乾燥させた刻みだっあと思うのだが季節に詰めたばこ替わりにしている人も多数見ている。僕たち幼児は刻んで煮たものだったが砂糖も醤油も無いかあっても少量配給では十分ではなかった。どんな味だったかほろ苦い味を微かに思い出す、アーロン捕虜収容所ではないが、こんなのを捕虜に食べさせたら虐待と言われただろう。僕ら幼児だって虐待と思うが山菜だとか言われて食べたのかもしれない。今でもフキは好きだから、何か旨い加工法化調理法を教わっていたのかもしれない。今もってキャラブキは好きな佃煮だが、当時佃煮を煮るほど醤油は家に無かったから後天的に覚えた味なんだろう。
春風や混じる冷風いたずらか 骨々
彼岸過ぎ寒さそのまま朝刊来 骨々
草摘みや家畜と人同じもの 骨々
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