2016年10月9日日曜日

落語を観に行く


今朝のニュースによると深夜の寄席が繁盛していて若手落語家の出場所だそうだ。そこに出て来た落語ファンと言う女性が落語を観に行くと答えていた、さすがアナウンサーは私は時々聞きに行くだったが最近は落語家と呼ばれる事も多いようだが噺家ではなかったのか。それから不思議なのはコンサートを聞きに行かず観に行くと会話されるが音楽を見るとは不思議。落語は手拭いと扇を使い仕草があるから、それを観に行くなら理解できる。寄席でよっ!!たっぷり と声がかかるようにたっぷり話をしてくれと客は望んでいるはず。演者の噺家が噺をしないで身振りや手振りで漫談を語る場合があるから観に行くがあながち嘘でないこともある、あれくらいガッカリすることはない。

児ら遊び跳ねたる下で蚯蚓鳴き   枯沼

3 件のコメント:

三四郎 さんのコメント...

上方噺では踊りが入るものもあります。特に、先代の文枝師匠はお上手でした。彼は元、市電の運転手だったとか。ゆっくりした語り口が私は好きでした。でも、それでも噺はきくものですね。

ISI さんのコメント...

落語を見る(観る)、コンサートを見るなどと、語の正しい意味とズレて使うのは、臨場感、ライブ感、特別感を込めているのではではないでしょうか。しかし寄席通いがお馴染みとなった人は使わないように思います。
落語とは落ちのある噺のことなのに、落ちのない、例えば怪談など落ちのない噺にも使うのは可笑しい、そんな見解も時に聞きます。これも江戸時代から使い込まれた落語が、本義の噺全体までを包摂するようになったと思われます。

さんのコメント...

三四郎 様

 文楽さん、小さんさん、圓朝さん、小文治さんなども踊りがお上手で元日の
寄席ではかっぽれなど披露されていました。都電が雪で不通になりトリの方が来られなくなった時にも踊りを披露しておられた方もおいででした。寄席では色々な芸がありますが
噺家として落語を演ずると看板を出して噺をしない演者が一番けしからんです。

ISI 様

 観るがずれて使われることは客の主観でしょうが、落語を演ずるプロが話しを誤解され観られるのは情けない。落語の幅が広がって漫談がやるべきところを落語が入り込んだところからおかしくなったと思っています、例えば噺が下手でテレビでは持たないから身振り手振りが主となり見る落語が出来てしまった。噺が下手だけど副業の司会で人気が出てしまい若い子が見に来る様になったなど種々あります。
ずばりご指摘くださり感謝しております。