昨日のミルクホールもそうだが並んだお隣も見るからに古そう。僕が生まれた名古屋東山の借家に様相が似ている。多分統一された建屋の図面で画一的に建てられたのか。娘のアパートがある人形町でも焼け残った一角があり大正時代に震災で焼け、その後に建てられ何か大正モダニズム?なんて様式があるかは知らないが、少しアールデコを取り入れた建物が残っている。欧州の著名な街では何百年前の建物を内装を変えて暮らしているのを見ては驚いている。街道沿いや町全体をある時代に合わせて残そうとと決めているそうだ。あの自由や自己の権利を主張する人々が歴史的景観を残すに異存ないのは不思議。わが国では勝手に壊し立て替えているだろう。
秋刀魚の煙また風に乗り次々と 枯沼
4 件のコメント:
難しい言葉の意味はトンとわからないのですが、この写真の二つの建物の対照は面白いですね。
地方へ行くと「古い町並み」などと観光案内に書かれたエリアがありますがよくみると最先端の技術で保護されていたりします。
粗雑な言い方になりますが、こういう建物って、北海道では絶無といっていいほどです。
新開地だったので取り敢えず過ごすための住まいを建て、あまり耐久性がなく、風土性の適合も少なく多くは消えてしまいました。津軽の海からこっち各地の、古い街並みはいいですね。もっとも住むに適しているかどうかは、一考の余地があると思います。
神田への通勤を辞めて早9年、でも、今でも月1回は戦前からの建物の蕎麦屋、喫茶店には行っております。
あの蕎麦屋さんは都の規則で、建て替え、改築も出来ず、維持に苦労されているようです。
裏の蕎麦屋さんは残念ながら火事で焼けてしまい、建て替えましたが、建て替えてからは行っていません。
沼さんが神田とは、ベルギーレストランでしたか?
近いうちにご一緒しましょうか(蕎麦屋・喫茶店コース)
三四郎 さま
そうなんです。木造家屋と鉄筋コンクリートの対比がいいですね。ビルが白色で木造の経年劣化か醸し出す木材の色。しかし住みにくいでしょうね。
ISI さま
街道沿いの屋波を復元したり保存したりし見かけますが、昔の家屋は現在の暮らしには住みにくいでしょうね。
あべちゃん さま
そうです、偶然以前から利用していた方がおり、その方の予約でした。
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