11月の第一日曜日は召天者記念礼拝、毎年父の葬儀をして頂いた国分寺教会へ礼拝に出かける。
昨日兄妹三人と連れ合い計6名が出席した、教会員と僕のように葬儀をして貰った遺族が集まったため百名以上の方が集い賛美歌を歌い、牧師の説教を聞き歌い祈りを捧げ召天者の氏名を読み上げ追悼し献花をして終わった。佛教で云う法事に近い宗教行事なのだろう、午後から教会の墓地で墓前礼拝もあるが我が家は墓地は別にあり春に墓前に集っているから今日は会食をして散会した。久しぶりに兄弟妹が集まり近況を話し食事をする恒例の会になっているが互いに年を取りせっかちになり又話しにこだわるようになって来たがいつまで続けられるのだろうか。
秋の陽の会堂に差し人祈る 枯沼
3 件のコメント:
こういうことに無頓着でいました。
考えてみると法事より簡単でいいかも知れませんね。
法要は忘れていてもお寺から言ってくるけど、キリスト教の場合は教会の予定日が決まっていて、これに登録するんですか?
親戚が一堂に会する・・・昔は、冠婚葬祭で少なからずありましたが、「冠婚」がなくなると「葬祭」は今では親戚にすら知らせない者もいますので、こういう機会がとんと無くなりました。僕の場合は、妹にだけは知らせるよう娘たちに告知しています。
今年やった従兄弟会、果たして‘次’はあるのかなぁ・・・。
ター 様
教会は11月第一日曜日とほぼ決まっており、その日は召天者礼拝ですから葬儀を過去にした教会員は
覚えていますし、我が家みたいに父から聞いていた牧師さんが病気で葬儀が出来ないため緊急に頼み 込んだ家族には連絡が来ます。法事を檀家全体が集まりすると考えれば良いと思います、兄弟は別 の教会へ平素は通っており、その日だけ国分寺へ行きます。教会は葬儀などは所属する教会員以外 は原則としてしてくれません。
三四郎 様
そうですね、我が家でもその傾向です。いとこ会は来春開くつもりですが何時まで続けられるか
在阪のいとこ達は教会で会える人たちもいますが離れると難しいですね。
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